生涯現役 高齢でも働くことができる時代だ
概要
マクドナルドで、95歳の男性が週に4回も勤務をしているという報道があった。介護や健康などの問題がなければ、何歳になっても、何らかの形で、週2~3回だけでも外に出て働くことも良いのではないか。家の外に出れば、毎日、さまざまな人に会い、さまざまな刺激がある。
「楽しい」に定年はない
「富山県高岡市内のマクドナルドで、95歳の男性が週に4回、深夜11時から早朝5時まで清掃の勤務をしている」という趣旨の報道が2023年11月にあった。
( TBS NEWS DIG ← 御本人の動画あり)
もちろん、御元気だから働くことが可能なのだろうが、1928年(昭和3年)生まれだから、立派なものだ。報道によれば、御本人は、「掃除するのが好きなんよ。要は、体を動かしたい。なんだろうと楽しいがいちゃ。楽しいちゃおかしいけども、やっぱ楽しいがいちゃ。」と発言されているとのこと。
若い人でも、毎週4回の夜勤は楽ではないと思う。いかに、お元気でも、95歳であれば、疲れている日や体調の悪い時などもあって、より一層、大変ではないかと思う。それでも、仕事を続けられている秘訣は、やはり、御発言のとおり、本当に「楽しい」からなのだろう。「楽しい」が、キーワードなのだ。
よく考えてみると、農山村・漁村・商店街に行けば、80~90歳以上でも働いている人は珍しくない。90才の最高齢で織物の人間国宝になった沖縄県の女性もいる。たとえば、「90歳だが、織物会社の正社員なので、仕事だから、やむをえず、毎日、織っている」と言われれば驚くが、「90歳だが、織物が趣味で楽しいので、毎日、織っている」と言われれば、納得する。
園芸、店番、料理、釣りなども同じ事だろう。高齢で体が大変なはずなのに、「好きで楽しいから、何歳になっても、可能な範囲でやりたい」、「隠れてでも、やりたい」という人がいそうなことは理解できる。後は、それが趣味でやるのか、仕事でやるのかの違いだけだ。
サッカー界のレジェンドと呼ばれている三浦知良選手は、世界で現役最年長のプロサッカー選手だ。1967年(昭和42年)生まれだが、これまで頑張ってきたのも、「どのような形であれ、現役選手としてサッカーを続けることが好きで楽しいから」ではないかと想像する。
高齢の有名シェフや人間国宝になるような陶芸家も同様だろう。他にも、91才の海女文化伝承者、90歳の日本人男性のトライアスロン選手なども報道されているが、もちろん、誰かに、無理やり、やらされているわけではないはずだ。好きで楽しいから続けられたのだろう。
サラリーマンの場合でも、本当に、その仕事が好きで、趣味のようなものならば、楽しいのかもしれない。「世界最高齢の総務課長」として、2020年に90歳でギネス世界記録に認定された大阪の女性もいる。定年制度がないからといっても、お金のためだけに働いているのなら、とても、その年齢まで続かなかったのではないかと思う。
自主的に、「今やっている、この仕事が楽しいから、生涯現役で、動けなくなるまで働きたい」ということであれば、多少は気持ちが理解できる。自営業でうまくいっている人は、ほとんど、そうなのだろう。
「趣味や好み、楽しいことに定年が無い」とすれば、「楽しい労働」に定年は必要なのだろうか。もちろん、高齢化すれば、体力、能率や記憶力、注意力や視力等も下がるだろうから、「高齢者にもできる仕事と、できない仕事」は、あるかもしれない。賃金等も下げざるを得ないとしても、高齢者には、長年の経験と技術、知恵と人脈がある。意欲がある人には、ますます、できる範囲で活躍してもらったらどうなのだろう。
日本は、西暦2000年前後に欧米諸国をゴボウ抜きして、先進国で最も高い高齢化率となった。(令和5年版高齢社会白書)しかも、現役で働く人の実数が減っている。我が国を一軒の家にたとえれば、隠居や扶養される者ばかり増えて、働き手が極端に減りつつある状態だ。それでは、我が国が回っていかない。
既に、「日本は、2040年に1100万人労働力不足だ」という予測もある。深刻化している労働力不足の時代において、「一律に、一定年齢で後進に道を譲るべき」、「若い世代の職を奪わないために、早期引退すべき」といった発想は、もはや、どのような意味があるのだろうかと、自分が定年退職した後になって思う。
完全退職後は、家にも地域にも居場所が無い
実際に、高齢のために完全な無職になったときには、仕事を通じた達成感や自己肯定感がなくなる。また、生涯の友と思っていた仕事仲間や遊び仲間も、お互いに無職・無収入になった以降は、当然ながら、徐々に、しかし、着実に疎遠になっていく。お互いに、生活が変わり、経済的な懸念、心身の健康、家族の介護等の面で支障や都合が出てくるからだ。順次、亡くなる友人・知人も増えてくる。
一方で、完全な無職になれば、職業による拘束から解放され、個人としての自由時間・空白時間だけは豊富になってくる。時間的な心配が無くなり、存分に趣味を楽しむ人もいる。一方、どう過ごせば良いのかわからず、今さらのように、自分の趣味や友達の少なさ、小遣いの乏しさに悩む人もいる。
完全退職を契機として過度に環境が変わり、さまざまな課題が発生する状態にまで至れば、もはや、疎外感や寂しさだけでは済まない。完全退職を契機に「退職うつ」を発症し、無気力、倦怠感、焦燥感などのほか、「仮面認知症」の症状を呈する人もいるという。
何しろ、40年前後も常勤でサラリーマンを続けてきた者が、年齢だけを理由として、外圧により、いきなり完全な無職にされるのだ。気持ちに張りがなくなり、環境の変化が大きなストレスになる場合もあるという。物事への興味の消失、生きがいや幸福を感じない、気分が落ち込む、漠然とした不安感などが現れ、本格的な「老人性うつ病」になるのかもしれない。
これでは、長年にわたり築きあげてきたはずの夫婦関係、親子関係、友人関係、人生観や価値観まで破壊・激変せざるを得ない。場合によっては、「定年離婚」といった課題も顕在化してくる。こういった背景の中で、いわゆる「熟年離婚(離婚した夫妻の同居期間が20年以上の割合)」は、離婚件数全体の約2割を占める。
病気でもないのに、定年退職後、仕事や趣味がなく、一日中、家にいて、妻に貼りついて離れようとしない夫を「濡れ落ち葉亭主」と言うようだが、残念だ。これは、濡れた落ち葉のように、ビッタリ貼り付いている様子を表現したものだろうが、的確でもある。
もちろん、妻の側から見た表現だとは思うが、今まで、伸び伸びとやっていた妻ほど、夫の常時在宅は、かなり、深刻な問題らしい。妻の自由が奪われるということだけでなく、「生きがいも持たず、ダラダラと妻にまとわり付く抜け殻のような夫」を情けないと思っているのではないか。母親にまとわりついて離れない、甘えん坊の幼児のような目で見ているに違いない。
夫婦とも完全に無職になった場合には、急に、夫婦そろって在宅になる。自営業の妻は慣れているだろうが、サラリーマンの妻、特に専業主婦からすれば、夫が在宅すると束縛される時間が急増する。顔を見る時間が長すぎることによるストレスが激しいらしい。「主人在宅ストレス症候群」、「亭主在宅シンドローム」、「夫源病」などにつながる場合もあるという。これは、新型コロナ流行時の「コロナ離婚」などでも話題になった。
いずれにしても、完全退職により生活リズムが激変しているのに、家族との新たな役割分担や関係性、近隣や地域社会等との新たな距離感など、新しい生活スタイルが構築できない場合があるようだ。とりわけ、長年にわたって外で働いてきた夫は、家の中にも地域社会にも自分の居場所がないと言われている。
こうした状況からの逃避行動として、新天地での「老後移住」を検討しているのなら、慎重に考える必要がある。「薪ストーブを焚いて、家庭菜園をやって、のんんびり暮らしたい」などと、田舎暮らしに憧れることは、「濡れ落ち葉亭主」以上に危険だ。男性の健康寿命は72歳なのだ。田舎への老後移住は、力仕事と雑用と出費が多くなる。年金暮らしの高齢の初心者には厳しいはずだ。
老後移住(1)田舎への移住は慎重に
「老後移住」という言葉が流行語のようになっている。しかし、そもそも、本当に老後移住をする必要があるのか。移住するとしても、どこに移住するかは、慎重に検討する必…
健康なら、働くのも悪くない
タンス用防虫剤のCM(1986年)の中で「亭主元気で留守がいい」という表現があり、これが爆発的にヒットしたのは、誰もが思いあたる節があったからではないか。どこか、的を射ている絶妙な表現なのだ。
妻が常勤で外で働いているのなら、退職した夫が「主夫」に専念するという手もある。しかし、妻が専業主婦又は退職している場合は、「健康なのに、狭い家の中で、毎日24時間、暇な夫婦2人で顔を突き合わせていること」は、良くないことかも知れない。
妻からすれば、連日、一日中、夫が家にいることは迷惑なのだ。そういう雰囲気ならば、夫にとっても、快適な毎日とは言えない。しかし、毎日、朝から深夜までテレビを見ているとか、無職・無収入なのに、ゴルフ三昧、飲み屋やパチンコ通い、ギャンブルばかりしているとか、朝から酒びたりという生活でも困る。
介護や健康上の問題などがなければ、何らかの形で、週2~3回でも外に出て働くことも良いのではないか。働いている時間帯は、お金を使わない。家の外の「社会の空気」を吸える。刺激があれば、「認知症」や「老人性うつ病」の予防にもなるかもしれない。前述の通り、65歳以上の6割、70歳以上の4割の男性が働いている理由は、こういった背景や効果もあるのではないか。
近年は、全国のハローワークのうちの300か所に「生涯現役支援窓口」が設けられており、再就職を目指す高齢者等を対象とした情報提供、職場見学などの各種サービスを行っているとのことだ。全国的な人手不足の中で、ハローワークにも、高齢者でも働くことができるような幅広い分野や職種の求人があるのではないか。
できれば、「自分の職歴や趣味・経験・知識を生かせる仕事」が良いのかもしれないが、こだわる必要はない。逆に、「むしろ、知らない分野で割り切って働きたい」という人もいる。高齢者のアルバイトなので、賃金面では、どうしても安くなるだろうが、それは、それで十分ではないか。経済的に問題が無ければ、ボランティアでも良い。
冒頭に紹介した富山県の高齢男性は、90歳からマクドナルドのクルーになったという。おそらく、自宅にいるよりも、外で働くことが本当に楽しいのだと思う。誰でも、外に出れば、毎日、さまざまな人に会い、さまざまな刺激がある。自分の経験や体力・嗜好に照らし、興味のある仕事にチャレンジしてみたらどうだろうか。
男性は、65歳以上の6割、70歳以上の4割が働いている
2023年9月に総務省が発表した「統計からみた我が国の高齢者」によれば、2012年 → 2022年の比較では、65歳以上の男女は、すべての国で就業率が上昇している。それでも、ヨーロッパ諸国では高齢者の就業率が極めて低いが、日本の65歳以上の男女の就業率は25.2%であり、調査対象国の中では韓国に次いで世界で2番目に高い水準にある。
フランス 2.3% → 3.9%
イタリア 3.4% → 4.9%
ドイツ 4.9% → 8.4%
アメリカ 17.3% → 18.6%
日本 19.5% → 25.2%
韓国 30.0% → 36.2%
これは、国ごとの引退に対する考え方や職業観の差、公的年金制度の差、個人年金や資産運用の普及度の差などの要因もあるが、「韓国や日本の社会保障水準では、高齢になっても働かなくては生活が難しい」という実態を反映したものだと考えられる。
実際、日本の年金制度では、2022年度の厚生年金保険(第1号) 受給権者平均年金月額は143,973円、国民年金の受給権者平均年金月額は56,428円だ。さらに、65歳以上で年金の受給資格が無い人(国民年金保険料を納付していないなどの理由による、いわゆる無年金者)は、約52万人(同世代の総人口の約3%)もいるという。たとえ、家賃や借金が無い人でも、年金月額だけで生活することは厳しい。
この年金収入と実際の生活費との差額は、今後、余生の30年間にわたり、老後資金から捻出することになる。これもまた大変な額になることから、我が国では、多少の老後資金を持っている人でも、「働けるうちは働いておこう」という考え方になり、結果として、国際的にも高齢者の就業率が高くなるのだろう。
具体的には、「令和5年版高齢社会白書」によれば、日本の高齢者(男)の就業者は、60~64歳で83.9%、65~69歳で61.0%、70~74歳で41.8%だ。65歳までに完全に無職になって余生を楽しんでいる人が大半かと思っていたが、既に、意外に多くの男性高齢者が働いている。これからは、「65歳定年で、年金支給開始は70歳」という時代に向かっている。何らかの形で70歳ごろまで働く人が増えるのではないか。
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